1. チップ単体では無意味
仮に、NvidiaのH100やBlackwellと同等の性能を持つGPUチップを設計できたとしましょう。それだけでも偉業ですが、そこはまだスタートラインに過ぎません。
現代のAIデータセンターでは、数千・数万個のGPUが連携して動作します。そのため、チップ単体の性能よりも、チップ同士を繋ぐ通信技術(ネットワーキング)が重要になります。Nvidiaは「NVLink」や「InfiniBand」といった独自の超高速通信技術を持っており、これでチップを束ねて一つの巨大なスーパーコンピュータとして機能させています。
競合他社がチップを作れても、この「足回り」の通信技術で負けてしまえば、システム全体の性能では勝負になりません。
2. 製造・実装の壁
設計図ができても、それを物理的な製品にするにはさらに高い壁があります。
- サーバー構築: Foxconnのようなハードウェア組み立て業者と提携し、DGXのような複雑なサーバーシステムを組み上げる必要があります。
- 製造ラインの確保: 最も深刻なのが、TSMCの2.5次元実装技術「CoWoS(コワース)」の確保です。AIチップの製造に不可欠なこの工程は、既にNvidiaがキャパシティの大半を押さえており、他社が入り込む隙間(空き枠)はほとんど残っていません。
3. ソフトウェア(CUDA)の壁
ハードウェアの壁を奇跡的に乗り越えたとしても、次に待ち受けるのが最強の壁、ソフトウェアです。
Nvidiaの「CUDA」は、15年以上にわたってAI開発の標準であり続けています。これと同等のライブラリやツール群をゼロから構築するには、「延べ1万人が1年働くレベル(1万人年)」の膨大な時間と、数十億ドルの資金が必要と言われています。
ハードウェアは数年で追いつけても、このソフトウェアエコシステムの蓄積を短期間で覆すのは至難の業です。
4. 顧客・ブランドの壁(CIOの壁)
技術的な問題をすべてクリアしたとしても、最後にビジネスの壁が立ちはだかります。
企業のCIO(最高情報責任者)や決裁者は、リスクを嫌います。「Nvidiaを買っておけば、あとで失敗しても『業界標準を選んだ』という言い訳が立つ(クビにはならない)」という心理が働きます。
この強力なブランド信頼を崩して他社製品を選んでもらうには、単に「Nvidiaと同等」では不十分です。「性能が10倍良い」か「圧倒的に安い」か、あるいはその両方でなければ、顧客はリスクを冒してまで乗り換えてくれません。
5. 動くゴールポスト
そして最も絶望的なのが、「動くゴールポスト」の問題です。
競合他社がこれら全ての壁を乗り越えようと必死に努力している間、Nvidiaは立ち止まって待っていてはくれません。彼らは莫大なR&D予算を投じて、さらに次の世代、そのまた次の世代へと加速し続けています。
競合が「今のNvidia」に追いついた頃には、Nvidiaは既に「未来のNvidia」へと進化しており、差は縮まるどころか開いている可能性すらあります。
結論
以上の理由から、Nvidiaを真正面から倒そうとするのは、勝算の極めて低い戦いです。
もしAIとアクセラレーテッド・コンピューティングの未来において、誰かがNvidiaの座を奪うとしたら、それは正面衝突による勝利ではなく、「誰も予想していない死角からの攻撃(パラダイムシフト)」か、あるいは「AIブームそのものが終わる」というシナリオによるものでしょう。